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東京地方裁判所 昭和59年(た)1号 決定

請求人

右弁護人

橋本紀徳

西山明行

庄司捷彦

白石光征

志賀剛

宇津泰親

石戸谷豊

角田儀平治

右請求人に対する強盗殺人、死体遺棄、窃盗被告事件について、当裁判所が昭和二九年一〇月二五日言い渡した有罪の確定判決に対し、同人より再審の請求があつたので、当裁判所は、請求人及び検察官の意見を聴いたうえ、次のとおり決定する。

主文

本件再審の請求を棄却する。

理由

第一再審請求の理由

本件再審請求の理由は、請求人作成の昭和五九年一月四日付再審請求書並びに弁護人橋本紀徳ほか六名作成の同年一一月三〇日付再審理由書(その一)、昭和六〇年四月一日付再審理由書(その二)、昭和六一年三月三日付再審理由書(その三)、同年八月三〇日付再審理由書(その四)及び同年九月八日付事実取調請求書にそれぞれ記載してあるとおりであるが、その要旨は次のとおりである。

一請求人主張の理由

原確定判決の基礎となつた証拠物が偽造であり、証言が虚偽であることが証明されるに至つたので、刑事訴訟法四三五条一号及び二号の理由がある。このことは、江幡修三を証人として尋問することで明らかになる。

二弁護人主張の理由

原確定判決は、乙の供述を事実認定の最大の根拠とし、請求人がXと称してA女所有家屋の売買に関与したことを有力な間接事実として、請求人に有罪の認定をしているが、次に述べるとおり、以下の証拠を取り調べることによつて、乙供述が全く信用できないこと及びXが実在することが明らかとなり、ひいては請求人に無罪を言い渡すべきことが明らかとなる。すなわち、

(1)  昭和五〇年二月一日付東京医科歯科大学教授太田伸一郎作成の鑑定書

(2)  同年八月六日付弁護人白石光征、同西山明行作成の聴取書

(3)  昭和五五年八月一五日付名古屋保健衛生大学医学部法医学教室医師太田伸一郎作成の鑑定書

原確定判決は、乙供述によつて、A女の殺害方法を絞扼であると認定している。しかし、右(1)は、被害者の頭蓋骨には右側頭窩に骨欠損が、右眼窩上縁から右後方に向かつて骨損傷が存在し、これらは土中に埋没中に自然に生ずることは全く考えられないから、いずれも鈍体などによる外力によつて生じたものであろうとしている。そして、右(2)によれば、右の骨損傷は死亡時期と前後して生じた損傷であり、生前のものであるとすれば十分死因につながるものであるとされる。さらに、右(3)によれば、死体とともに発掘された被害者着用の乳バンドの付着物は血痕の可能性があるというのである。

そうすると、被害者の殺害は、乙供述にあらわれている絞扼か、絞扼と青酸カリの併用によるものではなく、鈍器による殴打か刃物、又はその併用によるもの以外になく、殺害方法に関する乙供述は、同人が当初青酸カリによる殺害だと述べながら後に理由もなくこれを撤回していることと相まつて、全く信用できず、このような重大な点において信用性を欠く供述は全体が信用性を否定されるべきである。

(4)  昭和六〇年一月一〇日付弁護士橋本紀徳ほか二名作成の意見聴取書の第二項

(5)  法医学談話会発行「法医学の実際と研究file_3.jpg」のうち「A128個人識別の法医診断学的研究第一報顔正面像のスーパーインポーズ法」及び「A129個人識別の法医診断学的研究第二報顔側面像、半側面像のスーパーインポーズ法」の部分(四三ないし五九頁)

(6)  昭和六一年四月一五日付弁護人西山明行、同志賀剛作成の報告書

(7)  鑑定人東京大学医学部法医学教室野田金次郎作成の鑑定書における鑑定方法及び鑑定結果の妥当性についての鑑定

本件白骨死体とA女との同一性に関する証拠は、信用性の乏しい乙供述と原確定裁判手続で取り調べられた鑑定人東京大学医学部法医学教室野田金次郎作成の鑑定書のみである。ところで、野田鑑定は、鑑定方法として頭蓋骨と生前顔写真を重ね合わせてその合致性から個人の識別をするスーパーインポーズ法を採用しているが、右(4)によれば、野田鑑定の鑑定方法は死体と人物の同一性確認の方法としては不十分であるとされ、また、右(5)によれば、側面・半側面の生前顔写真と頭蓋骨とのスーパーインポーズの基準として重要なものは、前頭鼻骨縫合正中点と外耳孔を結ぶ線、前頭鼻骨縫合正中点と下顎角最外出点を結ぶ線、耳珠点と頤部正中最下点を結ぶ線及び下顎角最外出点と頤部正中最下点を結ぶ線であり、生前写真と頭蓋骨の撮影角度の許容誤差は水平角度で一〇度以内であるとされるところ、野田鑑定ではこれらの点について全く考慮を払つていないから、野田鑑定は科学的信頼をおけないものというほかない。このことは、右(7)の鑑定によつてより一層明白になる。さらに、右(6)によれば、野田鑑定書は、実際には野田教授より下請をした歯科医師の清水正一の作成したものであるというのであるから、そもそもその作成手続に問題があり、適法な証拠能力を有しないものとして証拠から排除されるべきである。

そうすると、本件では白骨死体の同一性を確定するための客観的証拠は何ら提出されていないのであつて、本件の白骨死体をA女のものと断定するには証拠が不十分である。

(8)  昭和五五年一一月二五日付弁護士石戸谷豊作成の報告書

(9)  昭和六〇年一月一〇日付弁護士橋本紀徳のほか二名作成の意見聴取書の第一項

(10)  警視庁刑事部発行「刑事資料特集号 重要事件検挙事例――犯罪捜査の教訓――」のうち「二年前の美人家主殺害事件」の部分(六九ないし九三頁)

右(8)及び(9)によれば、犯罪によると思われる死体が発見された場合は、たとえ白骨死体であつても解剖が行われ、遺体の年齢、性別、死因等について必ず鑑定がなされるものという。しかも、前記野田鑑定書中には、野田教授が前記同一性に関する鑑定嘱託を受ける前、すなわち死体が発見されたその日に死体に関する鑑定を嘱託されていたことを示す記載が存在する。また、右(10)によれば、死体の頭髪中から櫛一個が発見されたので、これを証拠品として差し押さえ、これとA女方に残してあつた同種の櫛とを照合鑑定したこと、右の頭髪と生前残してあつた頭髪との照合鑑定もしたこと、その結果いずれも同一と認定されるに至りA女の白骨死体であることが確認されたとの記載がある。

ところが原確定裁判手続を通じ、死体鑑定書も、死体とともに発掘された櫛も、櫛及び毛髪の同一性に関する鑑定書も公判に提出されていない。検察官がこれらを提出しない理由は、死体鑑定書等と乙供述との間に不一致があり、もし死体鑑定書等を提出すれば、死体の同一性や死因に関する乙供述の信憑性がおびやかされると判断したからであると考えざるをえない。

(11)  A女Y間の不動産売買契約書(昭和二八年証第九二〇号の八)、A女Y間の不動産譲渡証(同号の九)及びA女よりY宛の仮領収書(同号の一〇)の各筆跡と確定記録中の請求人の上申書の筆跡との同一性に関する鑑定

本件は、被害者所有の家屋を売却してその代金を利得しようとしたというのが動機とされている事件であるから、その売買に関する事実経過が重要であり、事実、原確定判決は、請求人がXと称して本件家屋の売買に関与したとして、それを有罪認定の根拠としているが、これを立証する証拠は、ほとんどが法廷における証人の証言、それも相互に並立しえないほどに矛盾した証言のみであり、直接的な物的証拠は全くない。かえつて、右(11)によつて、X、Yの実在が明らかになる。なぜなら、A女Y間の不動産売買契約書等の文書を作成することが一応可能といえる者は、問題のX、Yのほかは、請求人、乙、丙、丁しかいないところ、乙、丙はその文書作成能力からみて一応除外され、丁はその作成には関与していないというのであるから、右の筆跡鑑定をすることによつて、請求人の筆跡でないことが明らかになれば、X、Yが実在することを証明することになるからである。

以上のとおり、前記(1)ないし(11)の各証拠は、刑事訴訟法四三五条六号にいう有罪の言渡を受けた者に対して無罪を言い渡すべき新規かつ明白な証拠に該当するから、再審開始の決定を求める。

第二原確定判決における証拠関係

原確定判決における証拠関係の概要は、以下のとおりである。

原確定判決は、原裁判第一審手続における相被告人乙の供述にそつた事実を認定しているが、乙供述の要旨は「昭和二五年一月ころこれといつた仕事もなく過ごしていたところ、知人の戊からいい仕事先があるといつて請求人甲を紹介され、以後東京都世田谷区内にある同人の家に出入りして泥棒の手伝いのようなことをしていたが、同年四月初めころ、請求人から、渋谷区神南町所在A女所有の土地家屋について、同女に買うと申し向けて登記を移させ、これを他に売却して儲けるという話をされ、請求人に連れられてA女宅を見に行き、そこで請求人は、A女に対して、自らを社長、乙を秘書と称して話を進め、売買の口約束ができたが、請求人から『後は自分だけでする。もし用があれば、電報か何かで知らせるからそのときに来てくれ』と言われて待つていると、四、五日して請求人から電報が来て呼び出されたので、同人の家に行つた。その日は四月一二日であり、請求人の家には同人と当時同人宅に泊り込んでいた丙がいて、その場で請求人から『A女の家を騙し取るのはやめてA女を殺して土地家屋の権利関係書類を取つてしまおうと思うから手伝つてくれ』と打ち明けられ、最初は反対したものの結局これを承諾し、請求人方の六畳間において三人で殺害の練習をした後、その日の夕方、早速A女を連れ出して殺害しようということで請求人とA女宅へ赴いたが、印鑑証明か何かの書類が揃つていなかつたため、その日は犯行をとりやめて帰つて来た。翌一三日午後四時半ころ、請求人に言われて乙が一人でA女宅へ行き、社長が渋谷で取引するからと申し向けて、A女及びたまたま同女宅に居合わせたA女の友人のB女を渋谷駅へ連れ出し、そこで請求人と落ち合い、請求人は、先にA女がこれから住むアパートを紹介すると称して、A女らを連れて地下鉄で虎ノ門へ行き、同所付近と新橋付近の二か所のビルを案内し、午後六時ころになつて新橋駅付近でB女が帰つたので、請求人、乙及びA女の三人で地下鉄に乗つて渋谷に戻つた。途中、請求人はA女に『事務所で代金を払おうと思つていたが遅くなつて閉まつてしまつたから友人の家で取引しましよう。帰りは車があるからお送りします』と言い、渋谷から井の頭線に乗り三人で三鷹台駅まで行つて下車し、歩いて三鷹市牟礼町の神明神社付近まで行つた。そこで請求人は『この道を行くと近道だから行きましよう』と言つて脇道に入り、午後八時半ころ、予め待機していた丙の前を通り過ぎたところで、今度は、請求人が『暗いからまた戻りましよう』と言い、引き返し始めると同時に請求人からの指示で乙が丙にA女殺害を実行するように伝え、請求人、乙及びA女の三人が少し戻つたところで、丙がA女の背後から飛びかかり、乙が足払いをかけてA女を仰向けに倒し、請求人と丙がこれに馬乗りになつて押さえつけ、さらに丙がA女の首を絞めてこれを殺害した。その後、請求人がA女の着衣と所持品を奪い、丙が持つて行つたスコップで穴を掘り、死体をうつぶせに足を背中の方へ折り曲げて埋めた。翌日、請求人と阿佐ヶ谷の不動産屋を回つてから渋谷に出て、A女の家の様子を見た後、道玄坂の古道具屋へ行き、請求人に言われて乙はA女の兄と称してA女宅の家財道具の売却を申し込み、翌朝、請求人、丙及び乙の三人で、A女宅において、古道具屋にA女の家財道具を引き渡した。そのとき、A女の母がやつて来て請求人が対応した。同日、請求人と渋谷の清水不動産へA女宅の売却斡旋を頼みに行き、そこで請求人は、Xと名乗り住所は浅草千束のC女の住所を告げ、乙のことをA女の兄であると話した。A女殺害後四、五日して、請求人が大森の古物屋へA女の衣類らしい物を売りに行くのについて行つた。また、A女殺害後一〇日位経つた雨の降つた日の翌日、請求人に連れられて死体埋没現場を見に行つたが、その際、請求人からB女に顔を見られているのでB女も殺そうと言われたが断り、以後、自分も請求人に殺されるかもしれないとの思いから、請求人に近づくのをやめた。ところが同年夏、請求人が大宮市内の乙の家に来て、『あの家は警察の手がまわつて売れなくなつてしまつた』と言い、翌二六年一月には請求人から品川に呼び出され、『あの家のことで警察に捕まつたが、Xに頼まれて関係しただけに過ぎないと弁解して来た。おまえ(乙)のことはYと言つてあるから、調べに来たらあくまでも知らぬと言え』と言われた。さらに、翌二七年七月にも請求人が、当時乙が勤めていた赤羽の会社を訪ねて来て、『偉い人を知つていて頼んであるから、あくまで知らないと言つて頑張れ』と言われた」というにある。

乙供述は、請求人の詳細な反対質問にも動ずるところがないばかりでなく、乙供述を裏付ける証拠として、次のような証拠が存在する。すなわち、乙がA女の死体を埋没した場所として指示した所を掘ると、乙が供述する状態とほぼ同様の状態で埋まつていた女性のものとみられる白骨死体が発見されたことが記載されている司法警察員大鹿春仁作成の検証調書、発掘された頭蓋骨とA女の生前の写真を重ね合わせて同一性を判断するいわゆるスーパーインポーズ法によつて、「右頭蓋骨は肖像写真の女性のものでないという何らの否定的論拠は見出せなかつた。すなわち、両者は同一人のものであろうと推定しても過言ではない」とする東京大学医学部法医学教室野田金次郎作成の鑑定書、「昭和二五年四月一三日午後一時ころからA女の家に遊びに行つているとXの秘書が来たので、暫く家に上げて話をした後の午後四時か四時半ころ、A女と一緒に秘書に連れられて渋谷に行くと、Xが来て、先に部屋を案内するという同人に連れられて四人で虎ノ門と新橋の二か所のビルを見て回り、午後六時半ころ新橋でA女ら三人と別れたが、三人は地下鉄入口を降りて行つた。別れ際、A女と翌一四日午前一〇時に銀座で会う約束をしたので、翌日約束の時間に約束の場所で待つたが、A女は現れなかつた。Xというのは請求人と同一人であり、秘書は乙である」旨のB女の証言、「四月一四日の夕方、Xともう一人が来てA女の家まで連れて行かれ、その家の家財道具を買つてくれということだつたので、買い受けることにし、翌朝荷物を運び出してXに五五〇〇円払つた。そのXという人は請求人である」旨の渋谷道玄坂の古物商深沢文蔵の証言、「四月一四日午前中にA女の家に行つてみると、A女は見えず、見知らぬ者がA女の家から荷物を運び出しており、家の中に入ろうとすると一人の男に呼び止められたので、その男にA女はどうしたかと聞くと、『今朝オート三輪で越して行つた。行先は知らない』ということだつたので、その男にどういう人か聞くと、自分は日本橋の方からこの家の仲介を頼まれて来た者だと言い、さらに住所と名前を書いてくれと頼むと、紙に『荒川区南千住一丁目二九番地X』と書いてくれた。その男は請求人に間違いない」旨のA女の母D女の証言、「四月上旬ころXという者がもう一人の男と来て、A女の土地家屋を三〇万円位で売りたいから世話してくれと言い、連絡場所としてC女の住所を指定していつた。Xという男がXと名乗るのを直接聞いたわけではないが、自分も店にいてその男を見ており、請求人によく似ている」旨の清水不動産経営者清水清七の証言、「四月か五月ころ、請求人から若い女物の衣類等を買い受けた」旨の請求人の知人で当時大田区内に住んでいた橋野ふみの証言、「四月一〇日ころから二、三日後、Xと名乗る男が、自分がA女の家を買うことになりA女から委任されているから所有権移転登記をしてくれと訪ねて来て、その後その関係で何回か会つたが、そのXは請求人と同じ人である」旨のA女宅の前所有者であるC女の証言、「四月末ころ、請求人から自分が表面に立つとまずいので、代わつてA女の家を売却してくれと頼まれて権利関係書類一切を渡され、清水不動産を介して他に売却して移転登記を済ませ、売買代金三二万円位から請求人のために清水から借りていた金を差し引かれて渡された二七万円全額を請求人に渡した」旨の請求人の知人である丁の証言、「四月ころ、請求人から、名義料として三万円払うから渋谷にある家を売るについて名前を貸してくれないか、なお周旋人には請求人のことをXと言つてあるのでそのように呼んでくれと頼まれた」旨の請求人の知人である青山完一の証言及び同人の検察官に対する供述調書、「三月末か四月初めに、会社を経営しているという請求人によく似た客が、家が欲しいと言つてきたので、A女の家を案内した」旨の城崎不動産部の番頭桂田喜久雄の証言が存在する。また、前記B女の証言によれば「A女は四月一三日に外出した際、南京虫と称する金側腕時計をしていた」というのであり、A女の愛人Fの陳述書及び同人の検察官に対する供述調書には、「昭和二四年のクリスマスにボルバ・ハ・エクセレンシィ

(Bulova her excellency)という金時計(通称南京虫)をA女に贈つた」とあるところ、「多分請求人の妻E女が持つて来たと思うが、昭和二五年四月一六日請求人名で一八金小型ブロバー腕時計を質受けしている」旨の世田谷区内の質商楠本達雄の証言及び同人作成の質屋台帳写が存在する。さらには、請求人と乙の関係及び両人の当時の生活状況についての丸角金次郎、戊及び請求人の元妻E女の各証言並びに同女の検察官に対する供述調書が存在する。

これに対して、請求人は、捜査段階から一貫して犯罪事実を否認しているが、四月一三日にA女らと渋谷から新橋まで行動をともにしたこと、A女方の家財道具を深沢に売却してA女方から運び出させたこと、その際D女と会い、同女に頼まれてXという氏名と住所を書いて渡したこと、A女の土地家屋の売却の件で清水不動産に行つたこと、橋野方に衣類を持つて売りに行つたこと、登記関係書類をもらうためC女のところに行きその翌日もその関係で会つたこと、丁にA女の土地家屋の売却を依頼し、丁から売買代金を受け取つたことなどの不利益事実は承認している。請求人の弁解は、「四月一三日については、A女らとは新橋で別れたので、その後A女らがどうしたかは知らない。A女方の家財道具や土地家屋の売却は、すべてXとYから依頼されてしたに過ぎない」というのであるが、かりにも土地家屋の売却を依頼され売却代金もYに直接手渡したというのに、X、Yの所在を窺わせるような一応の証拠も提出できていない。この点に関連して、「XやYの名を聞いたことがあり、それらしい人に会ったことがある」旨のE女の証言、「丙がXから頼まれて家を売りたいので誰か紹介してくれと言つてきたので買手を探してやつたが、登記をしてくれないので請求していたところ、広尾病院に入院中の丙が、自分がXから預かつた書類を請求人に渡したところ請求人が返してよこさないから請求人を告訴すると言つて憤慨していた」旨の請求人に丙を紹介した請求人の友人大野喜之重の証言があるが、E女は、一方では、検察官及び司法警察員(刑事訴訟法三二八条の証拠)に対する各供述調書で「XやYというという人は知らない。当時から聞いたことも見たこともない」と述べているところであり、大野も、一方では、「丙はXから頼まれたというものの、後には権利関係書類は請求人に預けてあると言い、Xに会わせろと言つても会わせないので、ちよつと変だと考えた。あるいは、請求人がXと同一人ではないかという危惧もあつた」旨証言するところである。かえつて、B女、深沢文蔵、D女、C女及び青山完一が揃つて、Xが請求人と同一人であると証言していることは前記のとおりである。

このほか、請求人の供述は、請求人にとつて不利益な間接事実に関し、多くの点で、乙供述のみならず他の証拠とも対立しており、請求人は逐一反論を試みているが、ことごとく成功していない。

第三当裁判所の判断

一請求人の主張について

請求人は、原確定判決の基礎となつた証拠物が偽造であること及び証言が虚偽であることが証明されたと主張するが、これを証明する確定判決が添付されていないし、これに代わる刑事訴訟法四三七条所定の証明もなされていない。また、請求人挙示の証人を取り調べることによつても、これを証明しうるものでないことは明らかである。

二弁護人の主張について

1  前記(1)ないし(3)の各証拠はいずれも既にこれまでの再審請求手続において提出されているものであり、これに関する主張は、理由がないとされたものと同趣旨であるから、刑事訴訟法四四七条二項に違反し不適法である。

2  前記(4)ないし(6)の各証拠はいずれもいわゆる新規性を有する証拠である。そこで、いわゆる明白性の有無について判断する。

(4)は、弁護人が昭和五九年四月九日と同年一二月二七日の両日北里大学医学部船尾忠孝教授より意見を聴取した結果を記載した書面であつて、内容は「野田金次郎作成の鑑定書記載の鑑定方法(スーパーインポーズ法)は死体と人物の同一性確認の方法としては不十分であり、少なくとも正面、側面等複数の顔写真と頭骨との対応その他について調査すべきである。野田鑑定書のみによつては、本件の頭骨とA女の顔写真とが同一人物であると結論することは困難であろう」というものであり、(5)は、スーパーインポーズの方法と診断価値についての研究結果を記載した書物であつて、その「第二報顔側面像、半側面像のスーパーインポーズ法」には、生前顔写真が側面像・半側面像の場合の結論として、「(イ)生前写真と頭蓋骨とのスーパーインポーズの基準として重要なものは、前頭鼻骨縫合正中点と外耳孔を結ぶ線、前頭鼻骨縫合正中点と下顎角最外出点を結ぶ線、耳珠点と頤部正中最下点を結ぶ線及び下顎角最外出点と頤部正中最下点を結ぶ線である。(ロ)生前写真と頭蓋骨の撮影角度の許容誤差は、水平角度で一〇度以内である。垂直角度の相違は影響がない。(ハ)側面あるいは半側面顔写真だけでもスーパーインポーズにより個人識別ができ、正面顔写真にこれを併用すればさらに識別効果を高めることを明らかにした」と記載されているものである。

ところで、右に明らかなように、(5)によつても、側面あるいは半側面顔写真だけでもスーパーインポーズにより個人識別ができることが窺えるのであり、(4)が挙げる理由によつて、野田鑑定書の鑑定方法自体が同一性確認の方法として不十分であるとはいえないところである。また、野田鑑定書は、(5)に示されている前記基準等について同じ文言を用いて明示的に記載してはいないが、同鑑定書の第二章検査記録及び第三章説明の項を見れば、同鑑定は、頭蓋骨輪郭線と肖像写真から得た透明陽画上の頭蓋骨輪郭線との一致に留意して頭蓋骨の写真撮影をしているのであり、しかも、スーパーインポーズした結果について、「この写真についてみると、一見判るごとく、眼と眼窩、鼻骨と鼻、口唇並びに口裂と、歯列、顎等、その大きさ、位置的関係、凹凸の度等よく一致している。さらに全体として骨の輪郭と肖像写真の輪郭とはまたよく一致している。しかして何ら不一致の点が認められない」とあるように、実質的には(5)に示されている基準も含めて十分検討していることが認められるのであり、同鑑定書における鑑定方法が科学的根拠のないものということはできず、その鑑定結果を導くについての推論の過程にも不合理な点は認められない。

また、(6)は、弁護人が昭和四九年九月一四日に信州大学医学部野田金次郎教授により、同年一二月三日に清水正一歯科医師より、それぞれ野田鑑定書の作成経過について事情聴取した結果を記載した書面であつて、内容は「野田は、前記鑑定書についてあまり記憶がなく、当時助手をしていた清水に作業を依頼したかもしれない旨述べた。清水は、スーパーインポーズ写真を撮影するなどの作業を担当した記憶はあるが、鑑定書を作成した記憶はない旨述べた」というものであり、もとより鑑定を行うにあたつて補助者を用いることは可能であつて、(6)により野田鑑定書の作成手続に違法があると認めることはできない。

以上のとおり、(4)ないし(6)は、いずれも野田鑑定書の信用性及び証拠能力を減殺するものとは認められないうえ、そもそも前記のとおり、原確定判決は、野田鑑定書だけから本件の白骨死体とA女との同一性を認定しているわけではなく、乙の供述に基づいて死体が発見され、その供述どおりの状態で死体が埋められていたことなども総合して認定していることも考慮すると、右の各証拠は請求人に無罪を言い渡すべき明らかな証拠とは認められない。

(7)の鑑定申請は弁護人において自ら鑑定人に依頼して鑑定しうる事柄であるから、再審の請求をするには鑑定の結果を証拠書類として添付すべきであり、(7)に関する主張は、申立の方式が刑事訴訟規則二八三条に違反し不適法である。

3  (8)の証拠は、既に前回の再審請求手続において、弁護人作成の昭和五五年一二月二二日付「公判不提出記録および証拠物等の提出もしくは開示命令の申立補充書」に疎明資料として添付されたものであり、(9)の証拠はこれとほとんど同趣旨の内容の書面であるが、裁判所の判断は示されていないので、いずれも新規性を有する証拠である。

しかし、(8)及び(9)は、いずれも弁護人が船尾教授より意見を聴取した結果を記載したものであつて、内容は「昭和二七年当時においても、犯罪死と思われる死体が発見された場合は、たとえ白骨死体であつても、解剖が行われ、遺体の年齢、性別、死因等について鑑定がなされる。本件の場合も、当然解剖が行われているものと思われる」というものであり、船尾教授は、本件の死体解剖及び鑑定について知識を有するわけではなく、単に一般論を述べているに過ぎない。しかも、前回の再審請求手続において、検察官は、昭和五六年二月二三日付で、死体検案書、死体鑑定書など死因を明らかにすべく捜査当局が収集した証拠は、原確定裁判手続で証拠調済みのもの以外には存在しない旨回答しており、また、昭和四五年に請求された第五次再審請求の手続中に、弁護人が弁護士会を通じて東京大学医学部法医学教室に照会したところ、昭和四九年六月二九日付で同教室の三木敏行教授から、同教室で保管中の鑑定書控綴中にはA女に関する鑑定書は発見できず、また、当時同教室の責任者であつた上野正吉教授に問い合わせたが、同教授の個人的な記録の中にもなく、そのような鑑定依頼があつたという話を聞いた記憶もないとのことであつた旨の回答がなされている。もつとも、弁護人が主張するとおり、前記野田鑑定書中の鑑定事項の部分には、「昭和二七年一〇月一七日貴殿に鑑定嘱託した死体」という記載があるから、野田教授に対し死体の鑑定嘱託があつたことは推測されるが、いずれにしてもそれに基づき死体の鑑定書が作成されたことを知りうる手がかりは存在しない。

次に、(10)の証拠はその執筆の目的が後進に対して捜査上の留意点を教えることにあつて事実を忠実に記録することにあるものでないことが窺われ、その記載内容は十分な信頼をおき難い性質の文書であるうえ、記載内容も請求人に不利益なものであつて、原確定判決の事実認定に影響を及ぼすようなものとは認められない。

4  (11)の鑑定申請は既にこれまでの再審請求手続において請求されているものであり、これに関する主張は、理由がないとされたものと同趣旨であるから、刑事訴訟法四四七条二項に違反し不適法である。

5  なお、弁護人は、公判不提出記録及び証拠物等の開示命令等を求めるが、そのうち、A女の死体鑑定書など同女の死因を明らかにすべく捜査当局が収集した記録、A女の着衣、乳バンド、シュミーズ、ズロースなどに関する実況見分調書、検証調書、その他捜査報告書など又は右着衣の写真などその実状を記録した文書、右着衣に付着した異物に関する鑑定書もしくは破損状況に関する鑑定書、死体(遺骨)の処置に関する記録については、いずれも検察官は、既に従前の再審請求手続において、原確定判手続で証拠調済みのものを除いては存在しない旨回答している。

また、昭和二五年四月二四日消印のA女から田代美佐子宛の葉書、請求人、丁を被疑者とする世田谷警察署で取扱いの窃盗被疑事件に関して作成された桂田喜久雄、B女、丁、請求人らの司法警察員及び検察官に対する供述調書全部、同事件に関して押収した城崎不動産部の不動産売却依頼書等不動産売却依頼に関する帳簿類及び捜査報告書等全部については、既にこれまでの再審請求の棄却決定の中でいずれも新規性がないと判断されている。

さらに、発掘されたA女の毛髪を撮影した写真及びネガ、毛髪とともに発掘された櫛、その写真及びネガ、死体を撮影した写真のネガ、司法警察員大鹿春仁作成の検証調書添付写真のネガ、死体とともに発掘されたA女の着衣の破損状況に関する実況見分調書、提出報告書等その実状を記録した文書、発掘されたA女の毛髪及び櫛に関する鑑定書もしくは捜査報告書、A女所有の宅地について同女から丁への所有権移転登記申請書及び印鑑証明書を含む付属書類については、前記第二の証拠関係に照らし、それらを取り調べる必要性を認めることができない。

請求人の求める未提出証拠全部の開示も、同じ理由から、その必要性を認めることができない。

6 以上のほか、弁護人が今回提出した新規性の認められる各証拠、従前の再審請求手続において提出された全証拠及び原確定裁判手続において取り調べられた全証拠を総合し、かつ、弁護人が再審理由書において縷々述べる点をも十分考慮して検討しても、前記第二でみた原確定判決における証拠関係に照らせば、原確定判決の事実認定には合理的な疑いは生じない。

第四結論

よつて、本件再審の請求は不適法ないしは理由がないから、刑事訴訟法四四六条、四四七条一項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官佐藤文哉 裁判官竹花俊德 裁判官畑一郎)

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